第二節. 目覚めし者たち(1)
 胸の奥でもやもやする想いが昨夜あたりから消えず、更に先輩が休んでいることを知って、溜息が零れた。
 先輩が学校をサボるのは今に始まったことじゃない。それはわかっているのに。
 気のせいに決まってる、とそう自分に言い聞かせようとしていると、不意にこつんっと頭を小突かれた。同時に優しい声が降ってくる。
「どうした?」
 見上げた先には、心配そうに覗き込んでくる聖がいて、世羅は曖昧な笑みを浮かべた。
「怜先輩、今日は来てなかったね」
「いつものサボりだろう?」

 うん ―――。
 そうは思っても、世羅の心にはなにかが。いつもと違うなにかが引っ掛かっていた。
「そんなに心配なら、帰りに様子を見に行く?」
 聖の言葉にハッとなって、我に返った世羅が驚いたような顔で見ると、彼は優しい笑みを浮かべて、頷いた。
「わかってるって。なんだかんだ言っても、俺も心配だしさ」
 鞄を片手に言う聖に嬉しそうな笑顔を向けて、世羅も席から立ち上がり、教室を出た。


 浅宮、と表札のかかっている部屋のインターホンを鳴らす。ぴんぽん、ぴんぽーん、と音が鳴るばかりで、一向に部屋の持ち主は姿を見せなかった。
「……やっぱり、サボりだったな」
 呆れたように聖がドアにもたれて、溜息混じりに言う。
(そうかなぁ……?)
 世羅はまだ訝るようにドアを見つめていた。

「あれ。世羅ちゃん?」

 帰ろう、と聖に言いかけたとき。
 二人の背後から声がかかった。

「先輩?!」

 振り向くと、私服に身を包んで驚いたように目を見張っている怜の姿があった。

「サボりだったんですか?」

 世羅が訊くと、不意になにかに思い当たったように怜の顔にニヤニヤといつもの意地の悪い笑みが浮かぶ。
「もしかして、心配して来てくれたとか?」
「ちっ、ちがい ――― !!」
 慌てて否定しようとした世羅に、ぽんっと彼女の頭の上に手を置いて、怜は優しい口調で言った。
「悪いな。いつもの ―― サボりさ」
 ふと、怜はドアに寄りかかっている聖に視線を向ける。
「朝帰りですか?」
 からかうような聖の言葉に、怜は肩をすくめた。
「そーゆーこと。ほらほら、俺は今から寝るから帰った帰った」
 そう言って、怜はあっち行けとでも言うように手を振る。
 ドアを開けると、呆然としている世羅にキスを投げてさっさと部屋の中に入って行った。

「……まったく。世羅、行こう」
 困ったように聖がため息をついて、そう促す。

 ―――― うん。
 世羅は頷いたものの、まだ怜が入っていった部屋のドアを心配そうに見つめていた。

「世羅?」
「あ、うん。なんでもない……っ!」

 そう言うと、世羅は慌てて彼の後をついて行った。


 ドアを閉めた怜は、外にいる二人の気配が消えると、そのままズルズルと座り込んだ。
 横腹に手を当てる。手に赤黒い液体がついて、上着にも血が滲んできているのが、わかった。

「……あいつ手加減ねぇからな」

 喋るたびにズキン、と横腹が痛む。
 普段なら数瞬で治癒するはずが、一夜過ぎても今だ血が流れていた。
 人間の姿をしているせいで、力を抑えられてしまう。それでも、向こうも無傷ではないはずだ。
 そう思いながら、怜は深く息をついた。

「短かったが、とうとうゲームオーバーか……」

 残念だったな。
 呟いた言葉は、自分に向けて言ったのか。それとも ――――




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