第二節.目覚めし者たち(10)
 夢を見たいの。
 愚かだっていわれてもいい。
 許されなくたって構わない。
 ただなにも縛られることなく、愛する人と一緒にいたい。

『それがお前のだした結論か?』

 問いかけられた言葉に、笑顔で頷く。

『で、頼みってのは?」
『守って。絶対に追っ手がかかるから、もしも見つかったら。ううん。見つからないように』

 青年は闇を纏ったような髪をかきあげて苦笑する。

『また、お前はンな難しいことを』

 わかってる。でも、それでも。頼めるのは、彼しかいない。

『んー。契約なら、守ってやってもいいぜ?』
『契約?』

 首を傾げる私に、ああ、と彼は頷く。

『誰に邪魔されることなく。記憶も戻らずにあいつと一生を過ごせたらそのあと死んだ魂を俺にくれるっつう、まあ。交換条件だな』

『いいよ』

 即座にだした答えに、相手は驚いたような表情を浮かべて、怒った声で言う。

 『お前なぁ! ちったあ考えろよ? この堕天使ルシファーに魂をとられるんだぜ?!』

 ……自分で言ったくせに。
 呆れながら、ルシファーに笑顔を見せる。

『だから、いいんだってば。私、ルシファーのこと信じてるから!』

 ルシファーはため息をついた。

『……どうせなら、愛してるからってのがいい』
『あれ? 信じるってことも愛がないと出来ないのよ?』

 笑みを零しながら言う私に、ルシファーは深くため息をついた。

『あーあ。これも惚れた弱みってヤツか。しゃーねぇーなぁ』

 まあ、お前の魂と引き換えならいいさ。
 そう告げる彼に。
 けれど、にっこりと笑って念を押す。

『でも、私はきっと永遠にセイ一筋だからね』

その言葉に、ルシファーが苦笑したのを今でも覚えてる。





…………バカ。



 真夜中。
 学校の屋上で、世羅は座り込んだまま、膝に顔をうずめて泣いていた。

 夢なんて、いつか覚めるものなのに。それでも見たいと思ってしまったなんて。
 過去の記憶に世羅は苦笑する。

 「やぁ―っぱりここにいたか。探したぜ」

 ふと、声が響いた。
 顔を上げなくても、誰かはわかる。世羅は俯いたまま呟いた。

「…………嘘吐き」

 小さな呟きを聞き取れなかったのか、彼は聞き返す。

「あ? なんだって?」

「嘘吐き、だって言ったのよ! なにが"封印とけっちまえ!"よ?! あれが私の記憶の鍵だって剣を渡したときに言ったでしょ! 私のこと、守ってくれるって言ったくせに!」

 契約は絶対守るって言ったのに!

 涙に濡れる瞳で言う世羅を、彼は何も言わずにただ、ふわり、とその両腕で包み込むように抱きしめた。

「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐きっ!!!」

 世羅は彼の胸を叩きながら、そう叫び続ける。

「 ―――― 世羅っ!!!!」

 ぎゅっ、と世羅を抱きしめる腕に力をこめて、その耳元で彼は名を呼んだ。
 びくんっ、世羅の身体が一瞬、怯えたように震える。

「お前だってわかってただろ? こんなゲーム。いつまでも続くわけがない」

 逃げてて解決することなんて、ないんだよ。
 そう告げる彼の顔を、弾かれたように世羅は見つめる。

「……だったらなんで、あんな契約したの……?」

 彼は世羅から離れると、胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

「仕方ねーだろ。俺はお前に惚れてて、惚れた女が救いを求めてたんだ。ほっとけるかよ?」
 吸い込んだ煙を吐き出しながら、悪戯っぽい表情で告げた彼を、半ば呆然と世羅は見ていた。

「それでも、もしかしたらってのはあったさ。もしかしたらこのまま思い出さずに。契約通り、いつかお前の魂を手に入れられるんじゃねぇかってな」

 魂さえ手に入れられるなら。
 器なんてなんでもいい。彼女の魂さえ、傍にいてくれるのなら。
 それだけが、望みだった。

「まあ、記憶のないままアレクシエルに連れてかれるよりはマシだったろ?」

 皮肉っぽく唇の端を上げて笑う彼の姿に、世羅は苦笑する。

 あのまま連れて行かれたら、どんな偽りの記憶を埋められていたかわからない。
 それは世羅にもわかっていた。

「俺も諦めたんだから、お前もいい加減。諦めろよ。決着をつけてからでも聖の奴とくっつくのは遅くないと思うぜ?」

「勝てるなんて、思ってないくせに……」

 恨めしそうに言う世羅の言葉に、彼は肩を竦めて応えた。

「前も言ったろ。決めるのはお前。俺はただ、おまえが決めたことに手助けするだけだ」

 そうね……。
 世羅は思案するような表情を浮かべていたが、不意に立ち上がって彼のもとに歩み寄った。

「天界でもアレクと並んで恐れられてる堕天使ルシファーが、どうして私にはそんなに優しいの?」

 首を傾げて、聞いてくる世羅に思わず、ルシファーは咳き込んだ。

「けほっ、けほ……。……お前なぁ!」

 呆れたように言うルシファーは、けれど世羅の顔を見て脱力したように肩を落とす。

 持っていた煙草を地面に落として踏みつけると、彼女の瞳から視線を逸らして答えた。

「……やっぱ、"愛"だろ?」

 疑わしそうな視線を向ける世羅は、ただふーん、と頷いてふとルシファーの胸ポケットから新しい煙草とライターを取り出すと、それを彼に銜えさせ、火をつけた。

「でも、私が愛してるのは聖だからね」

 煙草に火がつくと、世羅はにっこりと笑って告げる。

「わかってるさ」

 彼女のとりとめのない行動を訝りながら、ルシファーは言った。
 一息、煙草を吸って思い出す。

 ―――― たまには愛する先輩に素直にどうぞって言って火くらいつけてくれてもいーと思うけどね。

 冗談交じりの言葉。
 あのとき彼女はなんて答えた?


「おい……っ!!」

 慌てて振り向いた時には、彼女の姿はなかった。


 ―――― 愛する先輩ならね! ―――――


 幻のような笑顔がちらついていた。




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