―――― ずいぶんご機嫌斜めだね?
からからような声が響いて、ミカエルは不機嫌な顔のまま応対した。
「うっせーよ! ラファエル!」
「ひどいなぁ。こんなに待たせといて、そんな態度をとるの?」
目の前の画面に、薄い金色の髪とブルーに染まる瞳の甘い美貌をもった青年の姿がうつる。
「美」を誇る天使たちの中でも、アレクシエル。ルシファーに次ぐ美貌である彼は、先の二人よりも柔らかい雰囲気を持っていることから、天使の中で人気ではトップだった。
そんな彼をミカエルは『生粋の女ったらし』と呼んでいるが。
「悪かったな。ちょっとしたアクシデントがあったんだよ」
ふいっ、と拗ねたように頭をかきながらミカエルが言うと、わかってるよ、とラファエルは苦笑した。
「……それって、ルシファーだろう?」
いきなり図星を当てられ、ミカエルは驚いたように画面を見つめた。
そんな彼に、ラファエルはため息をつく。
「あのね、ミカちゃん。そんなことがわからないほど、僕たちは短い付き合いじゃないでしょーが!」
どこか苛立ったように言われて、ミカエルは頷くかわりにぼそりと言った。
「……ミカちゃんっつー名で呼ぶな」
だが、彼の抗議はあえて黙殺される。
「この忙しい時期に怪我なんてしないでよ。って、ミカちゃんに言っても無駄だろうけど」
「わかってるなら、言うんじゃねぇよ!」
不機嫌を露わに言ったが、ラファエルにはふふん、と鼻であしらわれる。
「でも、歯止めにはなるでしょ?」
またも図星を言われて、ミカエルはむっつりと黙り込んだ。
(どうして俺の周りにはこうも一癖、二癖ある天使ばかりいるんだ……!)
そうは思ったが、どうせ言った所で「同類だよ」と最後の宣告をされるのはわかりきっていた。
黙り込んだミカエルに、言い過ぎたことに気づいてラファエルは話題を変える。
「それより、どーゆーこと?」
いきなり問われて、ミカエルは視線を向けた。
「なにがだ?」
「ガブリエル領域の情報が聞きたいって、君の部下から通信が入ってたんで驚いたよ」
「あん?」
ラファエルの言葉にミカエルは首を傾けた。そんな通信を入れろ、と命令した覚えはない。
―――― 部下が勝手に?
まずありえない。とはいえ、ラファエルは冗談は言っても嘘はつかない。少なくとも、このオレには……。
「どうやら、ミカちゃん筋からじゃないようだね?」
ミカエルの表情から読み取ったラファエルは、不意に真剣な顔になって言った。
「間違いじゃねぇのか? 通信ってのはときどき混線するんだろ?」
機械のことはよくわからないつつも口にするが、向こうは即座に首を横に振った。
「ありえないね。ミカちゃんじゃあるまいし。出所は、君の本拠地だよ? 本当に心当たりないわけ?」
ここからじゃなくて、本拠地から? 尚更、ありえ ―――― 待てよ。
ふとミカエルは心当たりに思い当たった。
「ああ! 忘れてた! ……セラ、だ」
「セラちゃん?!」
それまで飄々とした態度だったラファエルの顔に、初めて動揺が走る。
「セラちゃん、戻ってきてるのか?!」
いつも冷静なラファエルも、ことセラのことに関してだけはそれを失うらしい。
もっともそういう可愛らしいところがあるからこそ、長年付き合ってこれたのだが。
ミカエルはそう思いながら、「ああ、」と頷いた。
一瞬、嬉しそうな表情を浮かべたが、ラファエルはすぐに疑問を口にする。
「でも、なんでよりによってミカちゃん所に?」
ふん、とミカエルは鼻を鳴らして忌々しそうに言った。
「まったくだぜ。天使たちの中にはあいつを崇拝してる奴は、お前を始めとして沢山いるってのにな。まぁ、あいつを嫌ってるオレのところが一番バレねぇって思ったんじゃねぇか?」
「なるほどね。こっちに戻ってきたことを知られたくないってことか」
ラファエルは顎に手をかけ、考えに耽りながら言う。
「そーいえば、さっき堕天使にも聞かれたな。あいつの居場所。知らないって言ったら信じたみたいだが」
付け加えるように言われて、ラファエルは苦笑した。
それはそうだろう。
彼女とミカエルは犬猿の仲。それも顔を見れば、喧嘩する(とは言っても、たいてい突っかかるのはミカエルの方だったが。)というほど、最悪な二人で有名だった。
そんな相手の場所にいるとは、誰も思いつかない。
「で、ミカちゃんはセラちゃんをかくまってるの?」
「変な誤解すンな! しゃーねえだろ。あいつが戻ってきた理由が理由なんだぜ?」
――― 戻ってきた理由?
ラファエルは無言で先を促した。
「ガブリエル。現在、行方不明のはずのガブリエルだよ!」
「ああ、確か。アレクシエルに歯向かって責を負うのが怖くなり、失踪したというガブリエルか?」
その言葉に頷きながらも、ミカエルは疑わしそうな瞳を向ける。
「お前、そんな噂信じてンのかよ?」
「まーさーか。あのガブリエルがそんな臆病者なわけないでしょ。それに、そんな噂の出所が出所だからねえ」
肩をすくめて楽しそうに言うラファエルに、目を輝かせて聞く。
「出所わかってるのか?」
「まあね。……アレクシエル本人だよ」
彼が告げた名前にミカエルは息を飲んだ。
「……っ。やっぱそーか」
「ミカちゃんも予想はしてたんだろ。でもこれは確実な情報だよ」
「 ―――― どうせ、女から聞いたんだろ?」
女官を口説き落とすことにかけては一流のラファエル。
その甘いマスクと優しさの見かけにだまされて主のことをぺらぺらと、口にする女性たちは多い。
だからミカエルは女性を雇うことはなかった。
「そっちの出所は言えないけどね……」
ラファエルの言葉にミカエルは不満そうな顔をしたが、それ以上は聞かずに話しを戻す。
「まあ、これではっきりしたな。アレクシエルがガブリエルを隠してるってことが」
「それを餌にセラちゃんをこの天上球に呼び寄せたわけだ。喜んでいいやら、複雑だね」
真剣な表情で思い悩むラファエルは苦笑いを浮かべる。
「オレはあいつのことはどうでもいいけど、ガブリエルは仲間だからな。もし、アレクシエルの個人的な理由で捕まってんなら、助けてやりてぇ」
仲間 ――― ね。
ラファエルは含みを込めた瞳で見つめる。
確かにガブリエルがいなくなって仕事の量が増えたのは、ラファエルにとって面白くない。彼女がいたときはほとんど任せて、遊ぶことができたというのに。今では、1日の半分以上が執務室での仕事だ。
それに彼女を救うのに協力することで、セラちゃんに会えるならそれ以上の事はない。
「わかった、僕も付き合うよ」
「そーくると思った。じゃあ、ともかくオレは本拠地の方に戻ってセラと計画を立てるからお前は情報を頼むぜ」
ミカエルがそう言うと、ラファエルは「はい、はい」と頷いて、通信を切った。
「おもしろくなりそーだ!」
挑戦的な笑みを広げて、ミカエルは言った。
ミカエルとの通信を切ったラファエルは、深く息をついて座っている椅子にもたれた。
(セラちゃんが戻ってきた……か。)
胸の中に熱い想いがこみ上げてくる。
ずっと、封印してきた。抑えてきた。
関係を壊したくなくて、本気では伝えることのなかった想い。
臆病だったあの頃が思い出される。少しでも、変わることができただろうか。
……彼女に会ったとき、冷静でいられるだろうか。戻ってきた、と聞いたときは確かに嬉しいと感じたはずなのに。
ラファエルは、無意識に手の平を握り締めた。
「怖いな……」
自ら呟いた言葉に自嘲する。
それでも、会いたいという想いは止められそうにない。
そう自覚すると、ラファエルは椅子から立ち上がった。
「ガブリエルのところか。誰かいたかな?」
楽しそうな口調で言うと、椅子の背もたれにかけておいた上着を手に取り、扉へと足を向けた。
【
Index】【
Back】【
Next】