第二節.巡りし者たち(5)
 吹き荒む風は、責めるように身体を突き抜けていって。
 飛ばされてきたなにかの欠片が、彼女の頬に傷を作っていく。

 ガブリエルの領域は全て消し飛んでいた。
 流れていた清らかな川も。天使たちの住まいも。城さえも、わずかに残骸が転がっているだけだった。

 煙が周囲を埋め尽くし、焼け焦げた臭いが広がっていた。

 天使の形をした炭が、風に運ばれてさらさらと消えていく。
 その光景をガブリエルはひとり、剣を手にしたまま眺めていた。表情には一切の感情は浮かんでおらず、傍目には呆然としているようにも見てとれる。
 彼女の周囲にあったせいか、枯れ花は無事だったけれど、外気に触れると音もなく溶けていった。

「これは一体どういうことだ、ガブリエル!」

 ふと彼女の傍に天使が現れる。厳しい口調で眉を顰めながら。
 彼の背後には、天使軍の姿があった。

「姿をくらましたと思ったら、後を継いだバービエルに嫉妬でもして、自らの領域を吹き飛ばしたとでもいうのか?!」

「…………?」

 問い詰められても、ガブリエルはわけがわからない、といった瞳で、ただ自分を責める天使の顔を見つめていた。

 「天界のバランスを私的な理由で壊すとは! いいか?! もう逃げられると思うな! ガブリエル ―― 天上球裁判で反逆者として、罪を問う!」
 そう言うと、天使は後ろに控えていた天使軍に彼女を捕らえるよう指示した。

 なにも知らない天使軍の兵士達は、同胞の命を無残に奪ったガブリエルに対して、怒りの表情さえ浮かべながら、彼女に手錠をかけた。
 ガブリエルは抵抗することなく、されるがままだった。
 乱暴に引っ張られて、連れて行かれる。

「アレクシエル様 ―― 、我々は先に反逆者を連れて戻ります」

「そうだな。数人は私と領域を調べるのを手伝ってくれ。もしかしたら、生き残っている者がいるかもしれない」

 彼の言葉に、尊敬の念を込めて、部下は敬礼した。
 そうして手早く指示していく。
 アレクシエルは彼らが自分から離れるのを感じると、笑みを浮かべた。

 (全て、計画通りだ。)

 セラ、もうすぐ。
 もうすぐ、会えるよ。今度こそ、逃がさない。

 翼を広げると、アレクシエルは空へと羽ばたいた。
 美しかったガブリエルの領域は、見渡すかぎりなにもかも消滅していた。

 ただ風だけが、音もなく吹いている。

 君を捕らえたら、ここに新しい領域でも作ろうか。
 ふたりだけの ――― 、私と君のふたりしか住めない領域を。
 だれも入って来れないように。だれも君を奪いにこれないように。けして、逃げられないように……。

 うっとりと想像する世界で、アレクシエルは狂気を広げていった。



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