私がまだ人間になる前ね。
ずっと、ここで ――― この天界で生まれて過ごしてたの。
アレクシエルは私にとって、小さな頃から育ててくれた親のようなものだった。
親友や仲間、毎日。楽しく暮らしてた。
でもある日、アレクシエルを探してる時にね、城の奥に封印された扉を見つけたの。
彼はそれを開けてはいけないって言ったわ。
神が封印したものだから、開けるのは禁止されてるって。だけど、私はひとりのときに好奇心からそれを解いたの。
その部屋には、ひとりの少年が鎖に繋がれて住んでた。
鎖にはなにかしらの力が加えられてて、私にははずせなかった。
私は暇を見つけては、彼の元に行ったの。
いつのまにか、彼に惹かれていて。愛し合うようになってた。
でも、アレクシエルにそれを知られてしまって……。
彼は私を閉じ込めたの。そして、全てを神に話した。
神は私と少年のことを嘆いたわ。
だから、アレクシエルを私の伴侶に選んだ。
二度と、少年に会わせない約束で ―――― 。
私は絶望したの。もう二度と、彼に会えなくなるかもしれない……。
それをルシファーが救ってくれたのよ。
彼は私と少年を会わせてくれた。
そして、私たちは悩んで、選んだの。天界を離れて地球に降りようと。
でもただ降りるだけだとすぐに気配で捕まる。
だから ――― 人間になろうって。
「その少年って言うのが、聖。貴方なの……」
「!」
世羅の告白に聖は息を呑んだ。
「ごめんね、本当は言わないほうが良かったのかもしれないけど……。でも……」
ちゃんと話すって約束したから……。
そう続けようとした世羅の頬を、聖は軽くぱちん、と叩いた。
「一人で悩んで苦しまなくていい。俺自身のことなら尚更だよ。世羅ひとりが抱え込む必要はないさ」
「……聖」
今にも泣き出しそうな表情をしているのに、それでも世羅は嬉しそうに笑みを浮かべた。
聖は優しい光を浮かべて彼女を見つめていたが、ふと心に気にかかって口を開く。
「世羅、俺の過去の記憶は取り戻せないのか?」
びくっと一瞬、世羅の瞳に脅えのようなものが走ったのを彼は見逃さなかった。
「世羅?」
「なっ、なんで? なんで、そんなことっ!?」
訝るように声をかけると、明らかな動揺を世羅は浮かべた。
「記憶が戻ることで、アレクシエルに対抗するすべが俺にできるかもしれないだろう?」
それに気になることがある。
なぜ、自分は神に封印されていたのか。
鎖に繋がれていたのか。
そう言葉にする聖に、視線を落として世羅は呟くように答えた。
「……それは、私も結局。教えてもらえなかったけど……でも」
「でも?」
促すように繰り返す聖をまっすぐ見つめて、世羅は縋るような想いを込めて続けた。
「過去はいらないよ! アレクシエルとのことは私が終わらせるから、だからそしたら一緒に地球に帰ろう? またいつも通りに学校に通って、ずっと一緒に……」
不安そうに揺らめく瞳。震える口調。
常とは違う世羅の様子に聖は戸惑った。
いつも明るくて、どんなことでさえ前向きに考えようとする彼女が ――― ?
そんな彼の視線に思いを読み取ったのか、世羅はハッ、と我に返ったように聖から身体を離して苦しそうに眉を顰めうつむいた。
「もちろん、地球に一緒に帰るよ。でも、アレクシエルが君をこのまま放っておくわけないだろう。世羅のことは譲れない。誰よりも、俺が守りたいんだ。そのために俺の記憶が必要になるかもしれない。だから、世羅?」
宥めるように、できる限りの優しい口調で聖は話しかける。
それでも世羅は弱々しく首を横に振った。
「過去の記憶を取り戻したいのなら、天地球にあるセルに飛び込めばいいよ」
不意に、二人の背後からそう声がかかった。
驚いて振り向いた先に、風の守護天使の姿を見つけて世羅が声を上げる。
「ラフィー君??!」
だが、ラファエルは聖に視線を向けたまま、外そうとしなかった。
「……セル?」
聞き慣れない言葉に、聖は首を傾ける。
寄りかかっていた扉から背中を起こして、ラファエルは二人に歩み寄りながら説明するように口を開いた。
「まあ、わかりやすく言えば、光の泉ってとこだね。人間が転生するときに置いていく記憶でできた泉のようなものだから、そこへいけば ―――― 」
「ラフィー君!!」
世羅は彼を睨みつけてその名前を呼んだ。
ラファエルは肩を竦めて、視線だけで聖に問いかける。
行くのか、と。
一瞬だけ聖は戸惑うような表情を見せたが、すぐに決意をこめた瞳で世羅を向いて言った。
「世羅 ―― 、俺はそこに行ってくるよ」
「なっ…、行く必要なんてないっ!」
頑なに止めようとする彼女の姿に、聖は疑問を口にする。
「どうして、そんなに俺の記憶が戻ることにおびえるんだ?」
言葉に詰まって、世羅は視線を逸らす。
ラファエルはただ二人の会話を黙って聞いていた。
その金に輝く瞳に、嫉妬の光が浮かんでいるのをこの場にミカエルがいれば気づいたかもしれないが……。
「隠し事はしないって言っただろう? 全て話すって」
苦しそうに俯く彼女に聖は優しく言い聞かせる。
世羅は視線を落としたまま、ぽつり、と口を開いた。
「……わからないの。本当は ―― わからないけど、もしかするとあのときの……。過去の聖は私を愛してくれてなかったんじゃないかって……。私を愛してなんか」
ただそのことだけが、世羅を今でも苦しめていた。
聖に愛されていなかった……。
もしも、そんなことになったらきっと呼吸さえ止まってしまう。
生きている意味がなくなってしまう。そんな気がして ―――。
けれど、聖はそれを即座に否定する。
「そんなわけない! 世羅……。たとえ記憶がなくてもこれだけは言えるよ。俺が世羅に ―― 君に出会って、君を愛さなかったわけないんだ。絶対に……」
だから、心配しなくてもいい。
そう告げながら、聖は重ねて言った。
「それに仮に過去の俺が君を愛してなかったとしても、今の俺は君を心から愛してる。それを信じてほしい」
「……うん」
世羅はどこかほっ、としたように頷いた。
過去はともかく、今の聖に愛されているのは確かに感じている。
でも ―― 、それでも聖の言葉で聞いて安心する。
不安は消えたわけじゃないけど……。
ふと、世羅は顔を上げた。
「 ―――― 約束してくれる?」
「ああ……」
聖はその言葉に迷うことなく頷き、優しい瞳で先を促す。
「なにがあっても、私のところに戻って……、帰ってきてくれるって」
その言葉に、聖はそっと彼女を抱き締めた。
「約束するよ。世羅のところが俺のいる場所だから」
世羅の耳元でそう囁きながら、彼女の唇にキスを落とそうとした瞬間、赤い髪の青年が前触れもなく姿を現した。
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