第二節. 放たれし者たち(3)
 ……開けてはいけないよ、セラ。
 この『封印の扉』は絶対に。

 幼い頃、アレクシエルを探して迷ったこの扉の前で、見つけてくれた彼が言った。

「そんなこと言われなくても無理よ、アレクシエル。私に力は無いのよ。開けるなんて……」

 できるわけないわ。

 そっと扉に掌をあてる。
 はぁ……。
 重厚な壁を前に重いため息がもれた。

 (神の娘、神の娘……って。重いなあ……。)
 自らに課せられている責任の重さに、ときどき負けそうになる。

 ミカエルとの言い合いや、ガブリエルと話すことで多少は気が紛れるものの、どうしようもないほど落ち込んでしまうときがあった。

 封印されてるせいか力を使うことができない。
 それはこの世界ではなにもできないことを意味している。
 今はそんなことよりも知識を養うことの方が重要だ、といわれるけど。

 (でも……、でも。くやしいな……。)
 力も使えないのに、神の娘だと崇められても……。

「はぁ……」

 幾度目かのため息をついた。
 そのとき、
 ギィ……。

「きゃっ!」

 押し当てていた掌に別に力を込めていたわけではないのに、扉が悲鳴をあげるようにゆっくりと開いていった。

「……えっ、開いちゃった?!」

 開いていく扉に、セラは息を飲んだ。
 そっ、と中を伺っても真っ暗で先は見えない。

「あ、あのー? 誰かいませんかー?」

 思わず、そんな言葉をかけてしまう。
 声は響いていくが、返事は返らなかった。

『……開けてはいけないよ』

 アレクシエルの言葉が脳裏によみがえる。

 開けたわけじゃないわよね。開いちゃったんだもの……。
 好奇心がむくむくとわきあがってくる。

「お邪魔しまーす……」

 そう言いながら、セラは扉の奥に入っていった。
 セラの姿が消えると、扉はまたゆっくりと閉まっていった。


 ばたんっ、
 完全に閉まった扉の音に、一瞬ビクリ、と反応する。
 一筋の光も差さない周囲は真っ暗でセラは目を凝らした。

 途端、ぽつぽつ、と小さな明かりが灯る。まるで導くかのように、明かりはひとつの道筋を照らし出していた。

 ゆっくりと、セラはそれを辿って歩いていく。
 心臓がばくばくとうるさいほどに高鳴り、緊張が増していくのを感じる。

 やがて、セラは先ほど入った扉と同じ大きさの扉の前にたどり着いた。
 細工もそっくりでやはり封印の力が施してあった。

「……これも開くかなぁ?」

 恐る恐る、先ほどと同じように扉に掌をあてる。
 すると、またもゆっくりと。
 けれど今度は音もなく静かに開いた。

 その先の光景を見て、セラは息を飲んだ。
 驚きに目を瞠る。

 まず飛び込んできたのは色とりどりの美しい花々だった。

 ガブリエルが育てているなかでも見たことがないほど、鮮やかな色彩の花たちがまるで絨毯のように敷き詰められていた。

「すごーい……」

 思わず飛び出た言葉に、くすり、と笑う声が聞こえた。
 驚いて振り向けば、そこには端正な顔をした青年が立っていた。

「あっ!」

 月の光を紡ぎ上げたように流れる銀糸の髪と、同じ色を埋め込んだ瞳は、今まで見たなによりも美しく、綺麗だった。

 言葉を失っている彼女に、青年は話しかける。

「君はだれ?」

 聞かれた声は不思議な音色で、とても澄んでいた。

「あっ、私は……セラ」
「天使、じゃないよね。気配が違うようだけど」

 訝るように青年が言った。
 その言葉に慌てて頷く。

「えーと、私……」

 だが、先は青年によって遮られた。

「話しは後で聞くとして、一緒にお茶でもどう?」

 綺麗な顔で優しく微笑まれ、思わずセラは見惚れてしまっていた。
 すっ、と手を伸ばされる。

 誘われるまま、その手に重ねて ―――― 気づいた。

 青年の手首に、じゃらり、と重そうな鎖がついていることに。

 それは彼の両手首を繋ぎ、視線を落とせば両足にもつけられていた。
 けれど、セラが気づいたときにはしっかりとその手は握られていた。


 初めは怖かった。
 封印されている扉の奥にいるあなたのことが。
 鎖で繋がれていたあなたが。

 でも、少しづつあなたを知るうちに……、あなたの優しさと強さに惹かれていって。

 私の中では封印されていたことも。
 鎖に繋がれていたことも。どうでもよくなっていったの。

 ただ ――― あなたの傍にいられれば。





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