……開けてはいけないよ、セラ。
この『封印の扉』は絶対に。
幼い頃、アレクシエルを探して迷ったこの扉の前で、見つけてくれた彼が言った。
「そんなこと言われなくても無理よ、アレクシエル。私に力は無いのよ。開けるなんて……」
できるわけないわ。
そっと扉に掌をあてる。
はぁ……。
重厚な壁を前に重いため息がもれた。
(神の娘、神の娘……って。重いなあ……。)
自らに課せられている責任の重さに、ときどき負けそうになる。
ミカエルとの言い合いや、ガブリエルと話すことで多少は気が紛れるものの、どうしようもないほど落ち込んでしまうときがあった。
封印されてるせいか力を使うことができない。
それはこの世界ではなにもできないことを意味している。
今はそんなことよりも知識を養うことの方が重要だ、といわれるけど。
(でも……、でも。くやしいな……。)
力も使えないのに、神の娘だと崇められても……。
「はぁ……」
幾度目かのため息をついた。
そのとき、
ギィ……。
「きゃっ!」
押し当てていた掌に別に力を込めていたわけではないのに、扉が悲鳴をあげるようにゆっくりと開いていった。
「……えっ、開いちゃった?!」
開いていく扉に、セラは息を飲んだ。
そっ、と中を伺っても真っ暗で先は見えない。
「あ、あのー? 誰かいませんかー?」
思わず、そんな言葉をかけてしまう。
声は響いていくが、返事は返らなかった。
『……開けてはいけないよ』
アレクシエルの言葉が脳裏によみがえる。
開けたわけじゃないわよね。開いちゃったんだもの……。
好奇心がむくむくとわきあがってくる。
「お邪魔しまーす……」
そう言いながら、セラは扉の奥に入っていった。
セラの姿が消えると、扉はまたゆっくりと閉まっていった。
ばたんっ、
完全に閉まった扉の音に、一瞬ビクリ、と反応する。
一筋の光も差さない周囲は真っ暗でセラは目を凝らした。
途端、ぽつぽつ、と小さな明かりが灯る。まるで導くかのように、明かりはひとつの道筋を照らし出していた。
ゆっくりと、セラはそれを辿って歩いていく。
心臓がばくばくとうるさいほどに高鳴り、緊張が増していくのを感じる。
やがて、セラは先ほど入った扉と同じ大きさの扉の前にたどり着いた。
細工もそっくりでやはり封印の力が施してあった。
「……これも開くかなぁ?」
恐る恐る、先ほどと同じように扉に掌をあてる。
すると、またもゆっくりと。
けれど今度は音もなく静かに開いた。
その先の光景を見て、セラは息を飲んだ。
驚きに目を瞠る。
まず飛び込んできたのは色とりどりの美しい花々だった。
ガブリエルが育てているなかでも見たことがないほど、鮮やかな色彩の花たちがまるで絨毯のように敷き詰められていた。
「すごーい……」
思わず飛び出た言葉に、くすり、と笑う声が聞こえた。
驚いて振り向けば、そこには端正な顔をした青年が立っていた。
「あっ!」
月の光を紡ぎ上げたように流れる銀糸の髪と、同じ色を埋め込んだ瞳は、今まで見たなによりも美しく、綺麗だった。
言葉を失っている彼女に、青年は話しかける。
「君はだれ?」
聞かれた声は不思議な音色で、とても澄んでいた。
「あっ、私は……セラ」
「天使、じゃないよね。気配が違うようだけど」
訝るように青年が言った。
その言葉に慌てて頷く。
「えーと、私……」
だが、先は青年によって遮られた。
「話しは後で聞くとして、一緒にお茶でもどう?」
綺麗な顔で優しく微笑まれ、思わずセラは見惚れてしまっていた。
すっ、と手を伸ばされる。
誘われるまま、その手に重ねて ―――― 気づいた。
青年の手首に、じゃらり、と重そうな鎖がついていることに。
それは彼の両手首を繋ぎ、視線を落とせば両足にもつけられていた。
けれど、セラが気づいたときにはしっかりとその手は握られていた。
初めは怖かった。
封印されている扉の奥にいるあなたのことが。
鎖で繋がれていたあなたが。
でも、少しづつあなたを知るうちに……、あなたの優しさと強さに惹かれていって。
私の中では封印されていたことも。
鎖に繋がれていたことも。どうでもよくなっていったの。
ただ ――― あなたの傍にいられれば。
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