■ Silver 02 ■
第2下層と呼ばれるラスティリア街には多くの娼館が立ち並んでいる。
高級館の多い通りから裏外れにある、「ラストラーク」の名がつけられた娼館は、サービスは悪く女性たちの容姿もあまりいい方ではなかったが、値段が格安なために、収入が少ない男たちや、テロリストに関係し、表を歩けない男たちの溜まり場と化していた。
「ラストラーク」の奥にある女性たちの控え室からもれてくる奇声を耳にしながら、支配人の部屋でだされたコーヒーを飲んで、ユウはくつろいでいた。その向かい側では、ドレスを着て、長い髪を綺麗に結った女性がそわそわと落ち着きのない態度で座っている。
「ユウ様ぁ〜、ほんとにお店を見逃してくれるのォ〜?」
どこか男性とも思える低い声で、甘えた言葉を吐き出す彼女にユウはカップを置いて、頷いた。
「摘発するつもりなら、“レッド”を連れてきてるし。どうせ、この店に来てるのはたいしたテロリストじゃないからね。そのかわり、今回の協力が条件だけど」
「それは、アリスト姉様から聞いてるけどぉ〜、お店は壊さないで欲しいのよォ〜!」
懇願するような眼差しに、ユウは答えずふと気配を感じてドアを見た。それに気づくと、支配人はさっと立ちあがって、一気にドアを開けた。
「きゃぁ〜〜〜〜っ!!」
数人の女性たちが悲鳴とともに、部屋の中へなだれ込んでくる。
「あんたたちねぇ〜〜」
呆れたような顔をする彼女に、照れ笑いを浮かべた女性たちは、ハッとユウの視線に気づいて慌てて立ちあがり身だしなみを整えると、支配人が止める前にユウの側に近づいた。
「あ、あなたがZの“リーダー”ね」
「はじめまして!! 私は……ッ」
「ちょっと! なに勝手に自己紹介してるのよ!! 私が先よ!」
ユウを取り囲むように女性たちは、次々と前に出てくる。
国民全ての憧れの的である『Z』。そこの“リーダー”で、女性。それも最年少とくれば、その人気は爆発的なものだった。だが、あまり公式の行事に姿を見せない彼女を真近で見られるのは、滅多にないことなのだ。
サインをして、とまで言われそうな雰囲気に、ユウは笑顔を作って問い掛ける。
「彼の準備は出来ましたか?」
ユウの笑顔に、騒いでいた女性たちの口はぴたり、と一瞬で止まる。まさに、それは見たもの全てを魅了するかのような天使の笑顔だった。
動きが止まった彼女たちに、再度問いかけようとユウが口を開きかけた瞬間、ドアに一人の女性が現れた。
銀色に輝く長く綺麗な髪 ―――――― 白く際立つ整った容姿。更に怪しくきらめく陰りを落とした淡いグリーンの瞳。
そこにいた支配人は、思わず息を呑んだ。
「……ま、まぁ〜っ!!」
驚く彼女に、女性たちは得意げに言った。
「ねっ、綺麗でしょ!? 私たちもびっくりしたのよ!」
「もとがいいから、やりがいがあったわッ!」
嬉しそうな彼女たちとは裏腹に、その女性は恨みがましい目で“リーダー”を睨み付けていた。
「これは……一体どういう意味があるんですか?」
うなるような声を発っする彼女に、ユウは苦笑を浮かべた。
「どんな任務も忠実にこなすのが『Z』のあり方でしょ。よかったじゃない。似合ってるわよ、“シルバー”」
「ほんっと! 驚いたわぁ〜〜!! ねぇ、『Z』を辞めてうちにはいらなぁ〜い? NO、1になれるわよぉ〜!!」
支配人は目を輝かせて言ったが、その言葉は“シルバー”の冷たい視線に遮られた。グッと黙った支配人に一瞥を向けると、彼はユウの方に歩み寄った。
「これは嫌がらせですか?」
睨み付ける“シルバー”からふいっと視線をそらして、ユウはぼそりと答える。
「別に……嫌がらせするほど貴方に興味はもってないよ」
「 ――――― ではっ、なぜ僕がこんな格好をしなくてはならないんです!」
突き付けるように聞くと、ユウは黙り込んでソファに座り直した。
「“リーダー”!」
ユウは更に声を荒げる“シルバー”にちらり、と視線を向けると、仕方なさそうに息をついて、彼の背後にいる支配人たちを見る。すると、彼女たちは心得てるかのように素早く部屋を出て行った。
パタン、とドアが閉まるとユウは彼に問い掛けた。
目的の部屋へ続く廊下を歩きながら、“シルバー”は前を歩く少女を訝しげに
見つめていた。
『 ―――― 真実を知りたいとは思わない?』
あの時、確かに彼女はそう言った。
『真実…ですか?』
言葉の意味を図りかねていると、更に彼女は挑むような視線を送ってきた。
『そう ―― 、貴方の元婚約者、ローリア嬢の死の真相よ』
『なっ…!?』
“シルバー”は驚きに言葉を失う。
『知りたくなければ、その格好をやめて、帰ってもいいわ。でも、知りたいのなら、』
ついてきて、
そう言うと、さっさと彼女はドアの方に向かって歩き出した。
『待ってくださ…っ!』
『もし帰るんだったら、辞表もだしてってね』
背中を向けたまま、ひらひらと手を出すと、ユウはドアの向こうに姿を消して行った。
‘死’の真相 ――――― ?
ローリアの……。
まだ目を閉じれば浮かぶ、彼女の控えめでそれでも優しさを失うことのない微笑み、
――――“シルバー”様……。
初めて会った時の彼女の姿。政略結婚でも、もしかしたら彼女となら ―――― 一瞬でもそう思った自分も確かにいた。けれど、彼女が自殺してしまったことでその心は凍りついてしまったけれど。
『真実から目をそむけるのは、「Z」の団員らしくない、ですか』
辞表を ――― 。
最後に付け加えるように言い訳を残していってくれた彼女に、自嘲な笑みを浮かべて、“シルバー”は後を追い掛けていった。
「ユウ様、ここですわ!」
廊下の突き当たりの部屋の前、女性たちが数名手にお酒などを持って立っていた。
「ありがとう。 それじゃ彼女、を頼むわね、」
「わかってるわ、任せて♪」
彼女は頷いて、がしっとシルバーの腕を掴んだ。
「ま、任せてって……リ、リーダー……」
納得はしたものの、今だ不安な表情をしている彼に手を振ると、“リーダー”はひらひらと手を振って足早にそこを後にした。