■ Silver 03 ■
がちゃり、ドアを開けると、そこには図体がでかく、柄の悪い男たちが煙草を吸いながら寛いでいた。そこに娼婦たちは臆することなく入り込んでいく。
「は〜い、お・待・た・せ!」
「おぅ、来たか。待ってたぜっ!」
男たちから嬉しそうな声が返る。
“シルバー”は息をついてから諦めたように渋々と彼女たちの後について、部屋の中へ入った。
「ほぉう、すげぇ美女がいるじゃん!」
途端、にやっ、と笑って一人の男が近づく。その声に反応するように、部屋の中の男たちの視線はシルバーに釘付けになった。
「この娘は、見習いなの! まだ正式にうちのこってわけじゃなから手を出しちゃだ・め・よ!」
”シルバー”の前に立っていた、一番年長らしい女性がにっこりと笑って、一人の男の首に腕を回した。
「なぁんでぇ〜。見習いかぁー」
男ががっかりしたように言う。
見習いという言葉に、シルバーは娼婦館で定められている規則を思い出した。この世界では、見習いに手を出した男はたとえそれがどんな小さな店であれ、二度とどこの店にも顔が出せなくなるのだ。それこそが、この界隈を取り仕切るトップが出したきまりだった。
見習いはまずその場を見て、覚える。どうしてもこの仕事ができないと感じたときは、綺麗な身体のまま辞めることができるように、と。これまでは関係なかったため雑学としての知識でしかなく、知ったときにはそんな規則が守られているのか、と訝ったが、目の当たりにすると複雑な驚きがあった。
最も、それを知っているからこそ、リーダーは潜り込ませたわけだろうが。それにしても娼館の規則を真実守られているという自信を持って知っているのはいったいどういうことか、と疑問がわいてきていた。
「じゃあ、しっかり見とけよ。見習いっ!」
男の一人がそう言うと、抱き締めていた女性に半ば強引に口付けを与えた。もちろん、女性はそれを嬉しそうに受ける。
「お前さんなら、たくさんの客がつくぜェ〜」
冷やかすような口調で声をかけられて、“シルバー”が思ったのは、汚いな ――――― ということだけだった。
……それから。
どれくらいの時刻がたっただろう。流石の“シルバー”もうんざりしていた。目の前では女性たちとお酒に飲まれぐでんぐでんに酔っ払った男たちが狂乱を繰り広げている。
もう我慢できない。自分はきっと“リーダー”にからかわれただけ ―――――
そう思った彼は、不意に立ち上がった。
途端、酔っ払った男と今まで濃厚な口付けを交わしていた女性が意外な名前を口にした。
「―――― ねぇ、メレル財閥って知ってる?」
思わず、“シルバー”は振り向いた。なぜ、この女性は……。
男は少し考えていたが、やがて思い出したように言う。
「あーーん? メレル…ああ ――― 、知ってんぜェ」
「あんたあそこのお嬢様に手を出したんだって? う・わ・き・も・の!」
――――― ?!
なにを言ってるんだ……。
混乱しながらも、“シルバー”は女性に黙って聞いているよう、それとなく視線を送られる。彼はわずかに頷いて、その場に座りなおした。
周囲の雰囲気を見れば、互いのことに没頭しているようで誰も二人の会話と、“シルバー”の動きを見ているものはいなかった。
「ンなこというなって。遊びだよ、あ・そ・び」
「遊びって? ちゃんと教えてくれないとお預けだからね?」
そう言われてかするようなキスをされた男は、酔いのせいもあってべらべらと話し出した。
「資金稼ぎにさ、どっかのお嬢様を誘拐しようってことになったんだよ。ローリア=メレル…ったっけ? けど攫おうとしたら、あんまり暴れるから切れちまって、犯しちまったってだけだぜ―?」
まるで悪気のない口調で言われた言葉に、“シルバー”は激しい衝撃を受けた。
『許して下さい……』
彼女の1行だけ添えられた手紙の内容が脳裏に浮かぶ。
やがて、その言葉が彼女の微笑みと重なったとき。おもむろに“シルバー”は立ち上がって、男の方へ歩み寄った。
がしゃん!!!!!
激しい音とともに、床に置かれてあった酒瓶が割れる。きゃぁ、、女たちが叫び声をあげた。
「この女、なにしやがるっ!」
手加減なく殴られた男は、頬を抑えながら吹き飛んだ身体をよろよろと、立ち上がらせる。“シルバー”はかぶっていたかつらを取り、着ていたドレスを乱暴に脱ぎ捨てた。化粧を拳で拭い取る。
「あなたがローリア嬢にしたことと同じこと、ですよ。まだ足りませんが、ねっ!!」
言い終えないうちに、彼はもう1度男の腹を殴った。ぐぅ、、と早い動きについていけなかった男は、まともに食らって奇妙な声でうめく。
その騒ぎに酔いが覚めたらしい男たちが、“シルバー”の周囲を取り囲んだ。
「てめぇ、、化けてやがったのか?!」
「何者だっ??!」
叫んだ男の一人が気づいた。
彼女 ――― 彼が「Z」団の称号を持つものが着る制服を身につけていることに。
「……『Z』……嘘だろ?」
信じられないような顔つきで彼を取り囲んでいた5人の男たちは、それぞれを見やった。
「ここは一応、娼館だぜ……? いくら『Z』とはいえ娼館での取り締まりはできねぇはずだ」
けっして、騒ぎを起こすことなかれ ―――――
それもやはりこの世界のトップが決めたきまりだった。暗黙の了解としてそれは認められている。それこそが娼館で働く者たちへの配慮であり、また娼館が儲けるための手段だった。
だからこそ ――― テロリストはもちろん。どんな「悪」を働くものも娼館には安心して訪れることができるのだ。
「残念ね。ここは、娼館じゃないわ」
不意に透き通った声が響く。
ハッ、と男たちと同時に“シルバー”は声のする方を向いた。見れば“リーダー”が、腕を組み面倒臭そうな表情で1枚の紙をひらひらさせながら、ドアに寄り掛かっていた。
「なんだとっ?」
一人の男がつかつかとドアの方に歩み寄ると、胡散臭そうな顔で彼女が持っていた紙を奪った。その紙にはここが娼館ではなく、酒場である証明が書かれてあった。ご丁寧にも国王の印までつけられている。
「どうやら、ここのマスターは酒場という張り紙をし忘れてたみたいね。恨むんなら、ここのマスターよ」
肩をすくめて、“リーダー”は言った。
その言葉にここにはいないマスターへ向かって、娼館 ――― いや、今や店員と化した女性たちは、心の中で手を合わせた。
「騙しやがったな!!! くそっ、、」
乱暴に言葉を吐き出すと、男たちは“リーダー”と“シルバー”にたいして構えを取る。だが、“リーダー”は興味なさそうに言葉を続けた。
「でも、貴方たちはたいしたテロリストじゃないから、今表に控えてる団員たちに大人しく投降すれば、重い罪にならないんだけどなぁ……」
抵抗して暴れたら、器物破損? 公務執行妨害? 傷害罪? うーん、『Z』に抵抗すること自体、どんどん罪が重くなるわね。
後に続く言葉に、所詮は小さなテロリストどもは真っ青な顔色で構えをといた。
それを見てとると、“リーダー”はぐらり、と寄りかかっていた身体を動かして、ドアを開いた。
諦め、―――― ぐったりとしたような男たちは次々とそのドアから出て行った。
「お…、おれも……」
“シルバー”に殴られた男が、こそこそと後に続いて出て行こうとしたが、バタン!!と彼の鼻先で“リーダー”はドアを閉めた。