■ Black angel 02 ■
「それで?」
翌日、ユウは統帥の執務室を訪れて、手紙の件を非難した。
こんな権利はないはず ――― 。そこまで言い切ったときのユウに対して
統帥の一言がそれだった。
「それでって……、後は外出と電話に対する正当な権利を」
「優秀なものは何かしら犠牲を強いられるものだよ、ユウ」
ユウの言葉を遮って、まるで我侭な子どもに言い聞かせるような口調で統帥が言った。
面白そうに笑みさえ浮かべている統帥に苛立ちが募り、だんっ、とユウは机を叩く。
「これ以上の犠牲を強いられるくらいなら退団する!」
必要な知識は全て手に入れてしまったユウにとって、それはずっと考えてきたことだった。
きっかけさえあれば、と。
我慢してまでいたくはない。たとえ親が統帥に身柄を預けているとはいっても。
「認められないね」
統帥はそんなユウの覚悟を一蹴する。
「君は王室まで敵に回すつもりなのか?」
「? どういうこと?」
唐突に出てきた「王室」という言葉にユウは眉を顰める。
『Z』の見習い期間中に退団するのは、教官の許可と最終的な統帥の許可があれば
認められるはずだ。王室なんてまったく関係がない。
戸惑うユウの姿を堪能するように眺めながら、統帥は続けた。
「昨日は王も含めた会議があってね。議題は“リーダー"についてだよ」
「……“リーダー”?」
統帥は机の上で組んだ手に顎を乗せて、じっとユウを見つめた。
ユウの身体に悪寒が走る。
「全員一致で君に決定したよ」
衝撃がユウを襲った。愕然となる。
呆然として言葉を紡げなくなったユウの反応を楽しげに笑みを浮かべてみながら、
更に統帥は続けた。
「統帥と“リーダー”の地位にある者は王室の許可が下りないとできない。安心したよ。
君は王室の人間にも好意を持たれているみたいだしね」
クレイス大臣の娘として、2歳のころから王宮に顔を出す機会はあった。大臣である彼の顔を
潰さないためにも、ユウは思いやりのある優しい子を表面上ずっと演じていた。
そのせいで、王と王妃にも目を掛けられていた。
それが今、裏目に出るなんて思いもよらず ―――― 。
「クレイス大臣に恥をかかせる気はないだろう。ことは君の親友の両親にも
及ぶかもしれないよ。私が一言、彼女が『Z』を辞めたがっているのはリランが
そう勧めているからだとでも言えばね」
――― 今更、あの男が恥をかくのはかまわない。けれど、リランを巻き込むことはできない。
理由を話せば、リランや彼女の両親たちもその優しさと温もりで包んでくれて、辞めることを
許してくれるだろう。
自分たちが受ける罰など顧みもしないで。
でも統帥の思惑通りになってしまえば下手をすると、『伯爵』の地位は剥奪される。
牢に入れられるか、国外追放か。
呆然と立ち尽くすしかできないユウにくすり、と笑みを零して統帥は言った。
「引き受けてくれるね?」
頷くことしかできないとわかっていても、自らが選んだことだと諦めさせるために
統帥はあえて訊く。
「…………はい」
ユウの返事を聞いて、満足そうに統帥は笑みを浮かべた。
「それから、君には今日から私の屋敷に移ってもらう。荷物は……もう、運び出している頃かな」
続けて言われた言葉に、我に返ったユウは慌てる。
「なんっ…、ちょっと待って! なんで ――― っ?!」
次から次に襲ってくる衝撃に、ユウは混乱する。
たとえ電話がなくても、手紙が届けられなくても。外出が自由でなくても。
統帥と暮らすことに比べれば些細なことでしかなく。一緒に住めるわけがないし、
住みたくなんてない。今でさえ、こんなにも精神的苦痛を受けているのに。
同じ屋敷内に住むなんて、気が狂うに決まってる。
だけど、そう思いながらユウはわかっていた。
「……断ることはできないのね」
同じ理由で脅されるに決まってる。王室に信頼の厚い統帥に何を言われるか。
諦めたようにユウは俯いた。
「わかってくれて嬉しいね。だが、安心しなさい。部屋は別々だから」
「当然よっ!」
はき捨てるように言うユウに、まるで駄々っ子をあやすような口調で統帥は
退出を促しながら言った。
「さあ。手続きがいろいろあるだろうから、もう行くんだ。話しは屋敷に帰ってからにしよう。
ちゃんと帰ってくるんだよ」
念を押して言う統帥に返事をしないまま、ユウは踵を返してドアに向かう。ドアを開けて
出て行こうと部屋の外へ足を踏み出した途端、統帥がぽつりと言った。
「寝室は一緒だけどね……」
ユウは振り返って文句を言うことさえできなかった。
この現実が悪夢であることを願うだけで。