■ Dark song 03 ■
監視?
今まで行ってきた"リーダー"の役目としては初めて聞かされる命令に眉を顰めた。
ひとつは、そんな面倒くさいこと。という意味と、もうひとつにはZ団の"リーダー"となれば
多少ならずともこの国のテロリストたちにはバレている可能性が高い。
監視には不向きのはず、そんな意味を込めて。
けれど、統帥は手にしていた書類を半ば投げやり的にユウのほうへ向けて放った。
「私も君を行かせるのは、流石に不安だけどね。すでに3人失敗していれば、仕方がない」
ため息混じりに言う。
ユウは興味なさそうに、その書類に手を伸ばした。ざっと斜め読みする。
そこに書かれているテロリストの名前を聞いたことがなかった。
必要にならなければ、他の事は一切覚えようとしないから当然かもしれないが。
それでもある程度の、大きなテロリストグループ名は把握しているし、ボスの名前も思い出せる。
「所属組織は?」
報告書に書かれていないことに気づいてユウは訝った。
落ち度のある報告書が提出されるはずがない。まして、所属組織を書き忘れるなどあり得ない。
統帥は長く綺麗な指を組んで机の上に置いた。
「この男に所属組織はない。しかしね、性質が悪いことにいくつかの所属組織と精通していて
金をもらって情報を売っている。そして今、シルバーからの報告でこの男が王室のある要人が
主催しようとしているパーティーの邪魔をしようとしているテロと組んでいることがわかった」
ユウは話しを聞きながら、書類をめくり2枚目を見た。そこに貼られている顔写真に目を通す。
『性質が悪い』―― 統帥にそう言われるほど、悪い人相をしているわけじゃなかった。
どちらかといえば、淡いブラウンの髪、澄んだように見えるアクアブルーの瞳と
筋の通った鼻、薄い唇を揃えた顔は整っている。
「任務はこの男を監視し、そのテロのアジトを見つけてくれ。方法は任せよう」
ユウは統帥の言葉に頷いて、もういちどその男の名前に目を走らせた。
喫茶店でアイスコーヒーを口にしていると、不満そうに目の前の男が言った。
「あーやだやだ、お前の年齢でンな味気ないもの飲んでんじゃねえよ」
男は口元に運んだカップに口をつける。
どうしてこんなに突っかかってくるのかわからない。食事のときにしてもそうだ。
ため息を零して、反論する。
「……そっちこそ、この暑いのに熱いコーヒー飲まないでよね。見てるだけで暑苦しい」
ぴくり、と男の片眉が跳ね上がったのがわかった。
けれど男はテーブルに頬杖をつくとニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。それに気づいて、
眉を顰めた。
「なに?」
「いんや。今まで俺が何を言っても無視するか一言しか返ってこなかったけど、今日はいちいち
可愛らしく反抗してくれるから嬉しくって」
からかうような口調に思わずムッとなる。
それでも次の瞬間には我に返った。
今まで何を言われても感情的になるなんてなかったはずなのに。
(どうして ―――― ?)
胸がどくん、と痛む。
「あー、俺、またなんか余計なこと言っちまった?」
ぽりぽりと頬をかく姿に目を細める。
それ以上見ていることに耐え切れずに、「なんでもない」と俯いて小さく首を横に振った。
不意に目の前に大きなパフェがどん、と置かれた。
「お待たせしました、フルーツパフェでございます」
ウェイトレスはそう言って、下がっていく。
「……それ食べるの?」
驚いて問いかけると、中央に置かれていた受け皿をずいっ、と押してきた。
目の前に。
途端、フルーツとそれらを彩る生クリームの香りが鼻を擽る。
「お前がね。いいか、ここのフルーツは新鮮なものを使ってて栄養値がとても高く……」
「冗談でしょ?」
相手が言い終える前に、遮って睨みつけた。
その突き刺さるような視線に、受け皿を自分の元に引き戻しながら男は「冗談です、」と言った。
渋々と一緒についてきたスプーンで食べ始める。
一口含むと、「お、うまい!」と嬉しそうな表情を浮かべた。その顔があまりに年齢と
見合わなくて、思わず笑みが零れる。
ふと、フルーツの乗ったスプーンが差し出された。
「食ってみろって。な?」
目の前の一口大の桃を見て、男の方に視線を向ける。その表情があまりに嬉しそうで、
断ることができずに、恐る恐る口に含んだ。
冷たい感触とともに、甘い味が広がる。
「うまいだろ? ああ、別に言わなくていいぜ。お前の顔が語ってるからな」
「……顔が語ってる?」
そんなことを言われたのは親友以外で初めてだった。
感情が出ないから、何を考えているのかわからない。だから、怖い。
そう言われたことは数え切れないほどあったとしても。
「うん……、美味しい」
泣きそうになるのを堪えて、小さな声で答える。
「そうか」と男も嬉しそうに笑った。
取り留めのない会話。初めて食べる甘いデザート。
今ここに親友もいてくれれば、初めて ―― 、そう初めて『幸せ』と心から言える。
そんな気がしていた。
「桜?」
唐突に言われた言葉に聞き覚えがなく、繰り返す。
「そ、日本に咲いてる桜って花。前に知り合ったヤツが行っててさ。写真見せてくれたんだけど
すっげー綺麗だったんだ。それからそれを生で見るのが俺の夢になって。まあ、向こうに
行くには相当の金が必要になるからな。下級層生まれの俺だと大変だよ」
小さく肩を竦める姿に、また胸が痛む。
下級層生まれの人間はその日の暮らしをするだけでも精一杯だ。
だから、テロに参加するものも多くなる。
何が悪いとは言えない。誰が悪いとも。結局、選ぶのは自分自身だから。
でも選べなかった者はどうなるんだろう。強制的にしか作られていない道しかなかったら。
「ってことで、俺は今日からちと一週間ばかり忙しくなるからさ。一緒にいてやれないけど、
ちゃんと飯を食べろよ。一人だからって手を抜くんじゃないぞ」
「 ――― 余計なお世話っ!」
反射的にそう言うと、ぽんぽんと優しく頭を叩かれた。
「今度の仕事が終わったら、凄い大金が手に入るんだ。だから連れてってやるよ。おまえも」
一瞬、何を言われたのか理解できずに呆然となった。
「桜見にさ」
「……え?」
ようやく一言だけ返せた。男は照れたように自分の髪をかきあげて、視線を泳がせながら言う。
「なんかその桜ってお前に似てるよ。綺麗なんだけど、寂しそうで見てるだけで
せつなくなって、どんなに近づこうとしてもまるで触れるのが禁忌だとでもいうような
印象があるってとこさ」
だから、惹かれたのかもしれねえな。おまえに。
最後の一言は聞こえるかどうかの小さな声で。だけどちゃんと聞き取れて。
男が伝票もって出て行くまで、――― 出て行って少なくとも10分は気がつかなかった。
いつの間にか自分が泣いていたことに。
そうして、更に1時間後。作戦の決行が早まったことを知り愕然となった。
彼とテロリストとを繋ぐ連絡手段はアパートの前の通りにある『果物屋』の主人たちだった。
余った果物を彼にあげながら、その袋の中には用件が書かれた紙も一緒に入っている。
ユウは彼らを逮捕した後、監視の末に見つけ出したテロリストのアジトを襲撃した。
黒く染めた髪を元の金色に戻し、コンタクトレンズで変えていた目も淡い茶色になって、
願うなら、気づかないでという想いも虚しく、そこにいた彼は団員に手錠をかけられながら
驚いた顔で小さく「ユウ……」と呟いた。
何もかも理解したような表情で、項垂れながら。