11. フェアリープリンセス

2007年11月14日

01:伯爵と小さな女の子(01):(11/フェアリー~)

 ――― 冗談じゃない。
 ガタゴトと走る馬車に揺られながら、彼は怒りに沸き立つ感情に捕らわれていた。さっきまで顔を合わせていた父親が原因だった。あの男はこれ見よがしに自分を執務室に呼び出して、淡々と。あくまで口調だけは淡々と、しかし、その表情が面白がっていたのは一目瞭然で、告げた。
 「我が侯爵家の一部の領地をおまえに任せる」
 その言葉に思わず目を見開いてしまった。目の前の腹黒い男の前で油断など禁物と熟知していたにも関わらず、予想外の言葉に油断してしまった。驚愕の中に恐らく、喜悦の光を見つけてしまったのだろう。男はにやりと意地が悪そうに口の端をつりあげた。ついでに、わざとらしく伸びっぱなしの顎鬚を撫でつけながら。
 「ハイゼット・エントの地だ」
 その名前に、もしもステッキやら、棒でもいい。鞭だって、持っていたら、遠慮なく振り上げていただろう。代わりにぐっと手に平を握り締める。弱みを見せたくなくて、逆ににっこりと笑ってやった。
 「あの。広大な森と丘だけが存在する場所ですか?」
 「治めがいがありそうだろう」
 ふざけるな、と吐き捨てたい気持ちを頭の中でこの男を踏み潰し土の中に埋める想像をすることで、なんとか押さえつける。
 「出発はいますぐだ」
 そう突きつけられた言葉に、今の自分はあいにくと拒否する言葉を言えないまま、従うしかなかった。

 ――― 冗談じゃないっ。
 あんな森と丘しかない場所で、何をしろっていうんだ。苛立ちは最高潮に達して、なお、どうすることもできない自分に歯がゆさが増すばかり。くそったれ、と罵ってやろうとしたところで、急に馬車が大きく揺れて止まった。
 「申し訳ありませんっ!」
 御者の声が外から聞こえる。どうしたんだ、と窓を開けると、焦った顔が向けられた。
 「女の子が倒れていて……」
 「なんだって?!」
 急いで扉を開けて出て行く。御者に抱き上げられているのは、10歳になるかどうかの女の子だった。一見綺麗なドレスを着ているように見えるが、あちこちが泥で汚れている。しっかりしろっ、と呼びかける御者に返事はなく、意識は失っているようだった。
 「この辺りに医者は ―― 」
 言いかけて、周囲を見回し、いるはずがないと絶望する。周囲には、薄暗い森が続いているだけだ。ともかく、御者から少女を取り上げて抱き上げる。ふわりと軽い身体に驚きながら、命じる。
 「ともかく城に連れて行こう。あそこなら、城付きの医師もいる。誰か先に行って、城の者たちに連絡しておいてくれ」
 わかりました、と馬に乗った従者が先に行く。
 少女を馬車に乗せると、さっきよりも早いスピードで動き出した。膝の上で横に抱いている少女を見る。さらりと流れる薄茶の髪、ふっくらとした幼い顔つきながらも、容貌は整っている。とても可愛らしい娘だった。村娘には思えない。しいていうなら、貴族の娘で、大切に育てられている子どものように見える。
 (こんな辺鄙な場所でなにがあったんだ……?)
 怪訝に思いながらも、遠く狼の遠吠えが聞こえてきて、眉を顰める。嫌な予感に、さっきまで感じていた苛立ちはすっかりなくなっていた。