09. トキモリ助手の事件簿

2007年11月01日

01. 依頼人(1)

 うだるような暑さ。
 事務所設立当時からある冷房は大きな音を鳴らしているわりには効力は乏しい。時折、ガタンと止まるのは愛嬌だというつもりか、コノヤロウ。朝9時から出勤して一時間足らずでもう数えるのもうんざりなのに再び止まった冷房を睨みつける。

 「……所長。新しいの買いましょう」
 「トキモリくん。熱中黙すれば火もまた涼しいだよ」
 「それを言うなら、て、なにしてるんです?」
 呆れた言葉に冷房を睨み付けていた視線を所長に向けると、緑色の物体と格闘している姿があった。
 「なにしてるように見える?」
 「遠藤豆のサヤヌキですかね」
 「まさにしかり!」
 たいして嬉しくもなさそうな顔で大声をだされて驚く。というか、自分で当てておきながらため息が零れた。
 「この暑いときになんでそんなことを。仕事して下さいよ」
 「……してるじゃないか」
 呟かれた返事に眉を顰める。
 どこをどんな角度から見ても所長がしているのは遠藤豆のサヤヌキだ。それ以外のなにもしているようには見えない。三十後半にしてはスレンダーな身なりをしているし、細めに整えられた眉。すっと通った鼻梁。サヤヌキに真剣になってるせいかヘの字に結ばれた薄い唇。同年代の男に比べると若々しく、精悍だとは思う。だがそれでもサヤヌキに真剣になるという年齢じゃないだろうに、見ているだけで暑さが増してくる。はあ。と再びため息を零して苛々と口を開いた。
  「いつから僕らは遠藤豆のサヤヌキを仕事にしたんですか!所長の仕事は探偵でしょう!川中子探偵事務所の名前が泣きますよ!」
 「やだなあ。トキモリ君。名前は泣かないよ」
 怒るな、僕。
 この探偵事務所に勤めてハヤ二年。所長のボケっぷりには慣れたはずだ。
 「もっとも泣くのは閑古鳥~ってね」
 あは。俺って冗談もうまい。うまい。
 暢気な口調に読んでいた赤字決算の書類をびりびりと破ってやりたくなった。はっと我に返って破る代わりに書類を机にたたきつける。びくりっと遠藤豆の入ったボールが震えたのが見えた。
 「暑いなか熱くなってもねえ。仕事ないものはしゃーないよ」

 だったら仕事して下さい!

 更に白熱して叫ぼうと口を開いた瞬間、扉をたたく音に気付いて、慌てて飛び出しかけていた言葉を飲み込んだ。代わりに「どうぞ!」と返事をして所長の傍から離れる。

 ドアに向かうと同時に開いて、ひとりの女性が姿を見せた。