03. 巡る恋唄

2007年11月01日

一、鬼を狩る少女(1)

 身体を突き刺すときの鈍い音で我に返った。名前を呼ぶ声が聞こえて、同時に肩に走る痛みを感じながら、手に持っている剣の柄を強く握り締めた。手ごたえを確信させるかのように、自分よりも倍の身体を持つ鬼は、剣で心臓を貫かれてさらさらと砂に化していった。大きい手に平で掴まれて肩に食い込んでいた尖った長い爪も消えていく。そうして地面に落とされていく浮遊感を感じながら、叩きつけられる衝撃を覚悟した。

 「お前ねえ……。どうして俺を呼ばないんだよ」
 衝撃の代わりに呆れたような声が耳朶をうった。まるで風に包み込まれるように身体がふわりと浮いて、抱き止められる。閉じていた瞼を恐る恐る持ち上げると、蒼い髪が見えた。その色にほっと、胸を撫で下ろした。
 「凪……」
 「今更は遅すぎ。あーあ、ほら見ろ。肩に傷なんてつけちまってよ。お前は人間なんだぜ。鬼と違って傷がすぐ治るわけじゃない。今時、自分と引き換えにーなんてのは流行りじゃねえだろうが」
 ぽんぽんと投げられる嫌味に眉を顰めると、凪に抱きあげられていた身体はとんっ、と地面に下ろされた。抱き合うように向かされて、身を屈めてくる凪のその思惑に気づいたときには遅かった。肩口に凪が唇をつける。
 「ちょっ、凪っ……やめて!」
 慌てて離れようと身体を捩ろうとしたけれど、腰に巻きついたままの凪の腕の力は強くて、動けなかった。ざらりとした熱い舌が肩の傷を這うように舐めていく。
 「……っ、バカ凪っ!変態っ、すけべっ!」
 背筋を走り抜ける何かを誤魔化すために、思いつく雑言を投げつける。だけど、凪から返ってくるのは面白がる笑い声だけで、その行為をやめてはくれなかった。
 「まあ。こんなもんだな。ほら、治ったぜ」
 その言葉と同時にどんっ、と身体を押し返す。今度は素直に離れてくれた。
 肩に走っていた痛みはすっかり消え去っていて、赤く流れていた血も。その爪あともすっかり元に戻っていた。肩を回しても、痛みひとつない。それでも素直に感謝する気にはなれなくて、まだ面白そうに見下ろしてくる琥珀の目を不満げに睨みつける。

 「あのね!傷を治してくれたのは感謝するけど、その変態行為はなんとかならないのっ?!」
 「おまえが傷を作らなきゃ必要ないことだ」
 更に反論しようとすると、くるりと背を向けてそれまで鬼がいた場所に歩いていった。そうして道端に落ちていた透明な珠を手に取ると戻ってくる。ほらよ、と投げ渡されたそれを慌てて受け止めた。
 「大事な鬼珠だ」
 「ありがと」
 鬼の魂であるそれを握り締めると、ひんやりとした感触が伝わってきた。その冷たさにぐっと胸が詰まってしまう。後どれくらい集めればいいんだろう。
 この作業が果てしなく続くような気がして溜息が零れた。ぽんぽんと頭に置かれた手に顔をあげる。宥めるような目つきをしている凪に気づいて拗ねてしまった。
 「なんでもないっ」
 「はいはい。いーから、今夜はこれで帰るぜ。腹減った」
 「凪はなーんにもしてないでしょ!」
 何も、という言葉を強調すると、ニヤリと口の端をつり上げて皮肉気に笑う凪は肩を指差してきた。その意図に気づいて、舐められたことを思い出してしまい、歩き出した背中に文句を投げつける。
 「やっぱり変態っ!!」
 「へいへい。ほら帰るぞ」
 軽く受け流しながら、飄々と歩いていく姿を睨みつける。まったくもう、と呆れながらも、置いていかれないように走って追いかけた。