11. フェアリープリンセス

2008年04月22日

01:伯爵と小さな女の子(03)

 ミレに背後を振り返る余裕はなかった。追いかけてくる殺気は、ぴりぴりと肌を刺すような感覚で感じ取れていたし、騒々しい中であっても呟く声を聞き間違うことなく拾える耳は、彼らの微かな足音を確かに聞き取っていた。
 『 ――― 逃げろっ、ミレ!』
 ギルが叫んだ言葉を思い出す。彼も何人もの武器を持った者達に囲まれ、執事とミレを逃がすだけで精一杯だった。それでもギルの剣の腕は信じているし、彼はいざとなったら仲間を呼び寄せて反撃することもできる。だから今は、ミレ自身が逃げきることが重要だった。捕まってしまったら、ギルも身動きが取れなくなる可能性がでてくる。それだけは避けたかった。
 (だけど……っ!)
 流石に全力疾走を続けていれば息も途切れてくる。いつもは感じない胸に抱えている執事の重さがまるで鉛になったようだった。
 「ミレ様! 僕を降ろして下さいっ。僕だって走れます!」
 「兎姿で走ったってたいした速さじゃないでしょ! 人間に化けたって私よりのろいでしょーが!」
 「ですが、このままではっ!」
 彼らが妖精の姿を見極めることができないのなら、或いは、兎姿の執事を適当に放り投げて自分が的になって逃げればいいけれど、ミレの後を正確に追いかけてくることを考えても、その可能性は低い。執事が捕まったら、逃げることができなくなる。だからこそ、ぎゅっと胸に抱えた兎を抱き締めて、走り続けた。
 「うるさいわよ! ちゃんと逃げ切るから、ちょっと、だま ―― 」
 最後まで口にする前に、身体がふわり、と浮いた。
 がむしゃらに走っていたから、木々に隠れた先が崖だとわからなかった。まずい、と思った瞬間には身体が重力に従って落下を始める。
 「――― っ!」
 落下しながら、せめて執事だけでも、と思って腕の中の執事に術をかけた。ミレ様、と最後に聞いた声はあまりにも切羽詰っていて、彼に心配されることに嬉しさを感じながら ―― 意識を失くしてしまった。