2009年06月23日
01:ようこそ、鑑定屋へ(1)(スクランブル~)
エレメント通りは、この街において最も賑やかな場所で、お洒落な帽子屋、貴婦人専用の服飾店。高級宝石店、一見では入りにくい店構えのものから、気軽に買い物ができる開かれた大きな店など、様々なお店が並んでいる。
その中にあって『骨董店』とだけ書かれた看板を入り口に立てかけてある店は、クリーム色の壁に黒地の扉と最も地味な色で塗られており、他の店と比較するとまるで息を潜めているかのようにひっそりと佇んでいた。
―――― 暇だわ。
カウンターに片肘ついて、溜息を吐く。
お店を開けてから一週間、これといって贔屓になるお客さんもできずに通りかかった老夫婦が好奇心にかられて覗いていくといったくらいで、お買い上げ品は今のところひとつもなかった。
「おい、エリィ。こんなもんどこから仕入れてきたんだ?」
ふと、店の右端に並べてある棚から声が聞こえてきて、視線を向ける。赤銅色の毛並みに包まれた猫が骨董品のひとつである瓶の中を覗いていた。こちらには背中を見せているので、ふさふさの尻尾が揺れているのが見える。その動きを眺めながらやる気なく答えた。
「決まってるでしょ。エリオットさんが発掘して持ってきたの。サーベルジュ時代に王室で使われていた花瓶で結構、珍品よ。あの時代は、三百年前に……」
「あー、わかったわかった。もういいよ。そんな詳しい説明されても興味ねぇって」
うんざりしたように頬の髭をぴくぴくと小さく動かして、首を振る。それを見てせっかく乗り気だった気持ちが途端に沈んでしまった。
「訊いてきたのはチェシャでしょ。教えてあげるのに態度が悪いわ」
「猫に礼儀を解かれてもなぁ。にしても、よーくこれだけガラクタばっかり集めたよ。本当にすげーな、おまえさんのそのやる気だけは」
呆れたように言うと、瓶の置いてある棚からタンッ、と軽やかに降りた。一瞬、ぐらりと瓶が揺れるのを見て、慌ててカウンターから立ち上がる。
「ちょっ、危ないでしょっ、割れたら ―― 」
そう言ったところで、お店のドア上部につけている鈴がリリーン、と音を鳴らした。ハッと言葉を止めて視線を向ける。
入ってきたのは、若い男性だった。黒いトップハットにちらりと見えるブロンドの髪。一目で上質だとわかる黒いフロックコート。皺一つないスラックスは同じ黒で纏められていた。手には白い手袋をして馬を模した銀細工が頭についている杖を持っている。
貴族かしら、とエリィは商売柄、相手を見定めながらとりあえず、笑顔を浮かべて、「いらっしゃいませ」と挨拶をした。男性はにこやかに微笑みを返しながら、店内を見回す。
「ちょっと拝見させてもらっていいかな?」
「ええ、もちろん。何か質問があれば、声をかけて下さいね」
男性の言葉に頷いて、再びカウンターの椅子に座りなおす。
はっきり言って、あまり期待はしていない。貴族であったとしても、それなりに年齢を重ねて鑑定眼がないとこの店内に置いてある物の価値はわからないだろう。婦人たちにも気に入ってもらえるように幾らかは宝石箱やアンティーク系のペンダント、ブローチはあるけれど、やはり鑑定屋らしく、エリィは古くから伝わる瓶や用途のわからない置き物を主軸にしている。どれもが本物で珍しいものではあるけれど、鑑定屋が取り扱うものとしてはマニアック過ぎるものでもある。だからこそ、今入ってきた若い男性が店内のものを買っていくとは思えなかった。たまたま通りかかってひやかしに入ってきたに違いない。それでもお客はお客で、骨董品に興味を持ってくれるならそれでいいかもしれない。
そんなことを思いながら、見るとはなしに男性を視線で追う。紳士らしく服装をきっちりと着こなしているにも関わらず、店内を歩いたり、商品を手に取ったり、じっと見つめたりする動きの雰囲気はやわらかい感じを受ける。自分とは全く縁がないものの、猫でありながらなぜか人間事情に詳しく、それこそ猫のクセにロマンス小説を好んで読むチェシャがよく口にする、プレイボーイというのは彼のようなひとを定義とするのかもしれない。そんな印象をもった。
(……見てる分には、目の保養かも。)
なかなか目が離せずに、カウンター越しに見つめていると、不意に彼の視線が向けられ、ばっちりと目が合ってしまった。
「……っ!」
慌てて視線を逸らす。しまった。いくらなんでもわざとらしすぎたかも。
自分の行動にひやりと背筋に冷たいものが流れる。けれど、エリィの心配とは裏腹に、くすりと面白がるような笑みが聴こえた。思わず視線を彼に戻すと、口元を拳で押さえ、笑みを堪えている。再び目が合うと、先に言葉を発した。
「失礼、ちょっと質問があるんだけどいいかな?」
「えっ、あっ、はい、どうぞっ!」
かっと頬が熱くなるのを感じたけれど、誤魔化すように慌てて返事をする。はぁ、とどこか呆れた含みのあるチェシャの溜息が聞こえたような気がした。
「ここにあるのは、店主が選んだものだよね。随分、珍しいものが揃ってるけど、どうやって見つけたのかな?」
- by 羽月ゆう