13. 見果てぬ夢(仮)

2013年04月29日

02:幸せの在処(3)>見果てぬ夢(仮)


 姫の称号を抱く者は白銀一族の聖域にあたる。一族を名乗る者はけして、逆らうことができないし、あの子に手を出すことは白銀の名を汚すものとして、当主より厳罰を受けることになる。
 聖域を守ることは当主の役目でもあるから、対等とはいえ、双子も下手な手出しはできない。だからこそ、霧香にとっていちばん大切な存在だとわかっていながら、放置されている。
 今も、陽菜を人質にしようと思えばできるはずなのに、聖域を当主自ら汚すようなことは、白銀の名を貶めることになってしまうから、彼女を使うことはできない。
 本来は当主の妻に与えられる敬称。
 ――けれど、先代当主は愛人の子になる陽菜を守るために、まだ幼い、姫が如何なる存在かも知らない彼女にその敬称を与えた。

「わたしも――」
「霧香?」

 ずっと聞きたいことがあった。
 幼い頃から――陽菜の父が当主だと知ってから、聞きたかったこと。
 霧香自身の家族のこと。
 物心ついたときから、どうしてわたしは白銀一族のもとにいるのかーー。先代当主の時も多少の自由があったとはいえ、見張られていて、れい君たちが当主を継いでからもずっと疑問として持ち続けていた。
 先代当主は困ったように笑うだけで『知らない方がいい』と言って教えてくれなかった。陽子さんにも一度訊ねたことがある。
 そのとき、あまりにも。
 ――普段とても明るく陽気な陽子さんがあまりにも悲しげに、苦しげな表情を歪ませ、絶望をその顔に浮かべたから。
『その話しは二度と聞かないで』それまで聞いたことがないような、とても冷たい声で突き放されて。
 あのときは陽菜と陽子さんだけが心の支えだったから、冷たくされることが怖くて怖くて、二度と口にしないと誓った。
 そう誓ったときの気持ちを思い出して、ダッシュボードに視線を向けたまま、首を振る。
「……陽子さんは、このまま」
 疑問の代わりに思いついた言葉は、せっかくの幸せを壊してしまうきっかけになりそうで、うまく声にならない。

 ――このまま、みんなといられると思う?

 幼い子供のような問いかけ。
 霧香にとってはなにより重要なことだった。

 閉じこめられていた小さな自分が、もう独りにされるのはイヤだと訴えている。
 朝は誰かしらに見送られて外に出て、学校ではたくさんの友達や出来事があって、時々寄り道をして、こんなふうに陽子さんや陽菜と自由に話しができて、外から戻れば『お帰り』と言ってくれるひとがいる。

 それを幸せだと、クラスメイトに話すと『そんなこと普通でしょ』と言われるけれど、『ふつう』であることは難しいと、霧香は感じていた。